Life=Risk ソラチカ

「空は思ったより近かった。」なるべくお金をかけないで旅に出たり人生を楽しむ方法を模索するブログです。

The sky is closer than people think

空は思ったより近かった ~ソラチカ~

特別な日に何を贈ろうか?

花を買い求めた。妻の好きな薔薇の花を入れてもらい赤色系でとリクエストした。誕生日に贈る花だ。「メッセージカードをどうぞ。」と言われたが、直接手渡すのだから必要ない。それに大事な言葉は自分の口で伝えたほうがいい。

誕生日、結婚記念日、クリスマスのプレゼントを欠かしたことはない。妻は何も欲しいものはないと言う。何も欲しいものがないと言われて、何も贈らないのは寂しい気がする。しかし私のアイデアに限界があるのも事実だ。いつだったか、妻が指輪を整理しているのを見て似たようなものが多いのに驚いた。贈る人が同じだからどうしても似通ってくるのだろう。

服やアクセサリーは好みがあるし私はセンスがいいわけでもない。欲しいものを言ってくれれば楽だが欲しいものはないと言う。試行錯誤の末、最近は花を贈ることに落ち着いた。とりあえず花を贈っておいて食事に行き、ちょっとしたものを一緒に買えばいいのだ。それは時に1000円くらいのピアスだったりする。何を贈られるかわからないのもいいのかもしれないが、結局使ってもらえないのでは意味がない。どうせなら妻が気に入ったものを贈りたい。

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決して高い花を贈るわけではない。花は見て楽しむ以外に用途がないし、いずれ枯れて捨てられる運命だ。食用の花ではないから食べるわけにもいかないだろう。花がなくても生きていくのに困らないし、お金にもマイルにもできないから経済的には無価値と言えるかもしれない。経済的に無価値なものを贈るという行為は無意味なのだろうか。

でも、ふとした瞬間に花の香りを感じる。花がある生活は豊かだと思う。家にある花は経済的には無価値かもしれないが、精神的には無意味ではないんじゃないかな。

特別な日には特別なものを贈りたい。ずっとそう思っていた。それが、指輪なのか、ピアスなのか、ブランドものの財布かバッグか、結局のところ特別なものが何なのかよくわからず今に至っている。でも、最近ほんの少しだけわかってきたような気がする。

1年、2年、10年、20年と悩みながらプレゼントを続けてきた。行きついたのがありふれた花と、ありふれた言葉だった。ありふれたものだって、特別なものになる瞬間がある。それが積み重ねた時間の魔法だ。嘘だと思うなら試してみてほしい。この話のソースは20年後のあなたの大切な人の笑顔だ。

今年も花を贈ろう。ありふれた「おめでとう。」の言葉を添えて。