Life=Risk ソラチカ

「空は思ったより近かった。」なるべくお金をかけないで旅に出たり人生を楽しむ方法を模索するブログです。

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空は思ったより近かった ~ソラチカ~

VOCEの「女の市場価値はいくつまで?」削除問題を考える

女の市場価値はいくつまで?

美容雑誌「VOCE(ヴォーチェ)のWeb版に6月18日付で掲載された記事のタイトルだそうだ。抗議を受けて既に削除されているため、記事を読むことはできないが「男性が付き合いに逃げ腰になるボーダーラインは30代前半か後半かと言える」と結論付け、結婚したいなら早目に行動することが大切と勧めた内容らしい。

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市場価値というのは結論、売り手と買い手側の思惑が合致した価格と言えるだろう。市場の価値だからその評価額は当人同士のみならず、第三者によって公正に認定されたものでないといけないだろうが。人に当てはめるなら「自分にはこれ位の価値はありますよ。」「私もそう思うね。じゃあ契約してもいいか。」という話があったとして、それを見ていた公正な第三者も、もっともな取引だと納得するという構図だ。

端的な例では、プロスポーツの世界だ。人の価値が評価され公然と取引が行われているではないか。サラリーマンのヘッドハンティングだってそうだ。そうした世界だけでなく、私達は常に誰かを評価し誰かに評価されているのだ。

そう考えると私は今回のVOCEの記事がおかしな内容だとも思わない。記事そのものは削除されているため読んでいないが、要約された内容についてはごく一般的に言い古されたものだと思う。結婚願望があるなら早めに行動した方が有利なのは誰だって知っている。これは女性に限らず男性だって同じだ。もっと言うならもっとも市場価値がないのは「おっさん」だ。これは私自身が身をもって体験しているから間違いない。「おっさん」には市場価値がない。道を歩いていても呼び止められもしない。それどころか、その辺りで転がっていても誰も助けてくれないかもしれない。草刈正雄くらいになると市場価値はあるだろうが、彼は例外だ。特殊な例をもって一般論を語るのは間違いだろう。

仮にVOCEが「おっさんには市場価値がない?」という記事を書いたとしても炎上もしないに違いない。それは「女の市場価値」というワードには市場価値があるが、「おっさんの市場価値」というワードには市場価値がないからだ。「女の市場価値」というワードは禁断の果実なのだ。敏感に人の興味を引くものがあり、実際に今回のように話題にもなる。賛否両論の意見が交わされることだろう。

私は思う。私は市場価値のない「おっさん」だけれども、そもそも結婚などを含めた私生活で自分自身に市場価値があるかどうかなんて考える必要があるだろうか?誰かに自分の価値を決められたとしても私は気にしない。他人がどう評価しようと私は私だし、評価した誰かが私の人生に責任を持ってくれるわけでもないからだ。

それよりも、記事が炎上するのが嫌ならぜひ頭に「おっさん」と付けてほしい。「おっさんの市場価値」「おっさんの恋愛事情」「おっさんの結婚観」、etc。全くアクセスも部数も伸びないだろうけど。